私は札幌に移住するまで、関東以北に住んだことがありませんでした。もちろん雪国で暮らすのも初めてです。移住するにあたって、やはり「北海道の寒さ」がどんなものなのか、という不安がかなりありました。移住の決意が固まると、勤めていた会社を辞めて乗っていた車も売却し移住の準備にとりかかりました。 まずは4泊5日で航空券とホテルを手配し、出発日までの間はずっと荷造りをしていました。

2月26日 札幌に到着しホテルのチェックインを済ませると、すぐに物件探しに出かけることにしました。その年は札幌は何年かぶりの大雪に見まわれ、道端には雪が高く積まれています。不動産屋に少しでも良い印象を与えようと思い、スーツ姿にブリーフケース、そして革靴という格好でした。 普通の革靴なのでツルツル滑って何度転びそうになったことでしょう。私は普段歩くのが早いほうなのですが、慣れない雪道には手こずりました。ちっとも早く歩けないんです。それどころか子供にまで抜かれる始末。くやしいので両足を緊張させながら早足で歩こうとするんだけどそのたびにツルッ! 後で知ったのですが冬タイヤならぬ冬靴というものがあるんですよ。みんなそれを履いているから滑らず早く歩いてる。これには驚きましたね。

さて肝心の物件探しですが、どの不動産屋に行っても、情報誌に載っているような良い物件を見せてくれないんです。賃貸情報誌に載っている情報は発売日にはすでに古くなっていることが多いし、おそらくオトリ物件もあるのだろうと思い、諦めずにその後も何件かの不動産を回っていましたが、数件目の不動産屋で「あなたに紹介できる物件はありません」とはっきり言われました。やはり無職というのは何をするにも辛いんだなあ、とその時つくづく感じました。 さらに何件目かの不動産屋では「とりあえず贅沢は言わないで、今の段階で借りれる所に住んでおいて、職が決まったら住みたい所に移ればいい」と言われました。

でも私はどうしてもその方法を選ぶことはできませんでした。無職の身で貯金もあまりないので、一度住んだらそう簡単に引っ越しなんてできるはずなどありません。 結局また歩き、何件もの不動産屋をまわりました。 ホテルのある大通から出発して、知らぬ間に最後は琴似の駅前を歩いていました。その当時は札幌の地理感覚がなかったのでどのくらい歩いたのかわかりませんでしたが、今となってみれば「あの雪道をよくもまあ歩いたよなあ」という感じです。結局今日の収穫はありませんでした。

2日目も朝早くにホテルを出て物件探しに出かけました。どの不動産屋に行っても返ってくる返事は昨日と同じ。 日が傾き始めた頃にはもうクタクタでした。 この5日間の滞在で就職もある程度の段階までは進めておきたいので、もうあまり日数がありません。 辺りは暗いし、雪は降ってくるしで、おまけに変な歩き方をしているので足の付け根もとても痛くなってきました。

そして、もう時間も遅いし今日最後の店になるかなと思って入ったのが、地下鉄琴似駅前にあった不動産屋です。こうなったら道外の人間だとか、信用がないとか無職とかそんなの関係ない。とにかく相手が質問してくる前に、自分の移住の決意の固さをガンガン話し続けました。 そして、相手に私の気持ちが伝わったのか、良い物件を紹介されました。 その中いくつかの物件が気に入ったので、翌日実際に物件を見せてもらうことになりました。

翌日も大雪で、さすがにこの裏がツルツルの革靴で歩くことがおっくうになってきました。でも朝一で物件を見に行く約束をしているのでこのまま我慢するしかなかった。1つ目の物件は広くて駅までも近くて便利そうでしたが大きなマンションの影になっているので、やめることにしました。2つ目も条件は先ほどの物件と大体同じ。 3つ目の物件は部屋があまり大きくなかったのですが、南向きと西向きに2つ窓があり9階建ての最上階だったのでとても日当たりが良かったんです。壁の厚さ、水まわり、収納など細かい部分もチェックしましたが、特に欠点はなかったので、この物件を借りることに決めました。さっそく不動産屋に戻って契約書を交わしました。

札幌の滞在は今日も含めあと2日です。住居は決まったので、あとは問題の就職です。今日は朝から職安に向かい、最新の求人情報を閲覧することにしました。私は会計事務所への就職を希望しているのですが、これまでに経理の経験がないので条件は厳しそうです。結局最終日になっても就職に関しては手応えのないまま東京に帰ることになりました。求人雑誌は千歳空港で買いあさりましたが(笑)

東京に戻り、保証人の書類を揃え、札幌の不動産屋に書留で送りました。これで札幌に行ったら部屋の鍵を受け取るだけです。 私は独り身なので送る荷物はあまりありませんでした。大体どの宅急便会社でもあるようですが「単身パック」というパック便を私は選びました。 大きめの段ボール約20箱の荷物(重量は関係ないそうです)を送れて、東京→札幌 36,000円でした。

転居届などの手続きも済ませ、3月12日に札幌に飛び立ちました。もうしばらく東京に戻ることはないと思うと少し胸が詰まりました。10日ぶりの札幌は私を大雪でお出迎えてしてくれました。物件の引き渡しをそつなく済ませ、私の札幌での生活が始まりました。

しばらくの間は昼間は主に職安を利用した就職活動、夕方からは家財を揃えるために市内の店を見て回りました。その間、就職面接を何度も受けましたが、どの会社からも良い返事は返ってきません。そして就職できないまま札幌に来てから2ヶ月が経ちました。もう貯金が底をつきそうだし、このまま就職できないのではと不安になってきました。

そんなある日、職業訓練という制度を思い出しました。職業訓練とは失業中の就職希望者が少しでも円滑な就職ができるようにと、主に資格取得のための学校に無料で通わせてくれる制度です。職業訓練は製造業などのいわゆる「手に職」系の訓練しかないと思っていたのですが、事務系の訓練もあるということをその時初めて知り、すぐに申し込みの手続きをとりました。 私が申し込んだのは「情報ビジネスコース」という訓練で、主にコンピュータ、ワープロ、簿記の資格取得を目指すコースでした。その年は就職率が悪かったことも手伝ってか、希望者が過去最高に多かったようです。120人あまりの人が受験し、最終的に20人が残りました。

こんなことを書いてしまっていいのか、職安の人には悪い気もしますが、職業訓練という制度はとてもお薦めです。年齢の差はあるし、これまで過ごしてきた環境も、そして目指している職種も人それぞれ違うのですが、みんな気持ちはひとつ。早く就職したいということです。その目標に向かって、短期間ではあるけれど、一生懸命多くのことを詰め込もうとしていました。訓練期間中にいくつかの資格試験に臨みました。 授業の合間のおしゃべりがとても楽しかった。この職業訓練のお陰で札幌に何人もの友人ができたし、もちろん勉強をする時間もとても充実していた。訓練が始まった頃は、かなり遠回りしてしまったな、と思っていましたが、今振り返ると「職業訓練を受けて良かった」と思っています。

半年間の訓練を無事終了し、再度就職活動に励みました。 でも半年前よりも自分に自信がもて、1ヶ月半後には、希望していた会計事務所に就職することができました。


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